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- 株式会社水の子
近年、様々なウイルスや感染症が世界で猛威を振るい、人々の生活を脅かす原因となっています。医学が進歩しても尚、人々がウィルスや感染症により命を落とす現実が日々繰り返されています。
私自身、74年間生きてきた中で、多くの親類や友人が病にかかる姿を見てきました。人は皆、好き好んで病にかかりたいとは思っておらず、むしろ何故自分が病にというケースがほとんどだろう。
少なからず人々が生きていく中で、何かの病気にかかることは想像はできても、それが命を脅かす病気かもしれないことを想像はしない、したくないのが現実だと思います。
大病を患って初めて、人々は自分の体と向き合い、闘っていかなければいけない現実に向き合うのだと思います。
もし毎日、自分が大病を患うことを想像しながら生活し、すべての行動を気にしていたら、大半の人はノイローゼになるのではないかと思います。
しかし毎日、何百万人の人が命を落とし、昨年だけでも140万人が死亡しています。その内天寿を全うしたと思った方はどのくらいいるでしょう。大半が何らかの病や事故などが原因で死亡し、もっと希望があったのではないかと私は思うのです。
その中で、水の子の思いは一つ、何か役に立ってあげたい!早く元気になってもらいたい。
私たち水の子は環境と食の安全安心、薬食同源を訴えてきた40年の活動の中で、公害で苦しめられた人たちや障害者といわれる方々、また病に苦しむ多くの方々と接してきました。
現実はそんなに簡単ではありません。何にも役に立つことはできないのか、この40年もの間なんにも学んでなかったのか。
いいえ私たちは、様々な場で幾多の研究者や専門家の先生方の考え、取り組みなど実際に見たり聞いたり、また学んだりしてきました。そこで気付いたのは立派な学問や理論を語るのではなく、少しでも早く今の苦しみから解放してあげることが最善だという事を。
私たちは医者でも研究者でもありませんが、長年、病と闘う方々と現場で接してきた中で、自分たちがお役に立つ方法を試みてきました。
そして皆さんのお元気な姿を拝見する中で、これは世の人々の幸せのお手伝いができるかもしれないという自信が生まれ、思い切って事業化に取り組むことに致しました。
一人でも多くの皆さんの笑顔を見たい、幸せを感じていただきたい、そして生まれてきてよかった。そんな思いを共有したいと願っております
| 昭和54年ごろ |
|
|---|---|
| 平成5年 | 私たちは(水の惑星地球の子)との考えから「有限会社水の子」を設立。 生協や自然食品店へ無農薬、低農薬の野菜果物の販売を開始。 |
| 平成6年 | らでぃっしゅぼーやと取引開始。 |
| 平成7年 | 阪神淡路大震災が発生、発生後5年間仮設住宅へ支援物資を送る。 |
| 平成8年 | 阪神大震災被災取引先や顧客には請求書発行しなかったが、一年後にすべて払い込み頂く。被災された取引先より新たな取引先を紹介されるなど取引先は1.5倍となる。 |
| 平成14年 | い草産業の低迷打破を目指し、第一回全国い草文化博覧を仲間とともに八代市にて開催。二日間で2万5千人の来場者があり予想以上の成功を収める。 |
| 平成20年~22年 | 取引先より有機農産物の生産指導の依頼を受けブラジル、ミナミマットグロッソ州へ(毎年1回約20日間) |
| 平成23年 | 東日本大震災発生。3年間にわたり自社生産の寝ゴザ1,000枚を被災地に送る。 |
| 平成26年 | 生活クラブ連合と取引開始。 |
| 平成29年 | 7年かけて開発した歯磨きジェルをテイカ製薬株式会社様より評価いただき、業務提携契約を交わす。 |
| 令和2年 | 熊本豪雨発生。支援物資(歯磨きジェル)及び義援金100万円を贈る。 |
| 令和3年 | 新型コロナウイルスが猛威を振るい、持病の悪化により亡くなる人が増えて行く中、感染症に負けない体作りを考え、さまざまな取り組みをスタート。 |
| 令和4年 | 「EneYell(エネエール)」の事業化を計画。 |
| 令和5年 | 水の子健康倶楽部立ち上げ。 |
| 事業所名 | 株式会社 水の子 |
|---|---|
| 代表 | 上村茂則 |
| 住所 | 〒869-4813 熊本県八代郡氷川町若洲65 |
| 電話番号 | 0965-52-6727 |
| 事業内容 | 有機農産物栽培 |